B級映画って言うなw
再見して語る映画館
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一応、ハリウッドのリメイク版も再見する。
2002年の原作『THE EYE』から、実に6年後の2008年制作。
監督は、『THEM:正体不明』で一部の視聴者を脱力させたダヴィド・モロー。
主演のジェシカ・アルバは、『ダーク・エンジェル(TVD)』や『ファンタスティック・フォー』で肉体派というイメージが強く、演技力の無さに定評がある女優。
ライオンズ・ゲートの意味不明な布陣で制作されたリメイク・・・。
以下、変更や追加があった点を中心に実況レビューします。
物語は・・・
魔女と石を投げられる女が首吊り自殺をし、得たいの知れないモノに襲われるシーンからスタート。
『百聞は一見にしかず、というけど、私の場合は違う・・・5歳で光を失った・・・(略)』と、モノローグが入り、盲人のオーケストラで演奏する主人公シドニー・ウェルズと、常人より感覚が鋭いよ、という描写が続く。
マンションにドアマンが追加されている。
角膜湯術が行われ、アリシア(インイン)との出会い、隣のベッドの老婆もいる。
失明した理由が姉のヘレンになっており、それに伴うシーンが追加されている。
アリシアにもバンダナが装着され、インインのような痛々しさは和らげてある。
老婆が連れて行かれる下りは同じだが、老婆にセリフが追加されているため、主人公がスルー出来る範囲を超えているように感じる(でも、スルー)。
伏線の写真は、展開上ヘレンが撮影する。
姉のヘレンと帰宅したシドニーを、親族や友人がサプライズパーティーで、出迎えるシーンが追加。
夢の中で、キッチンのオーブンから炎が噴出し、飛び起きるシーンが追加。
ポール医師(ワ・ロー役)は原作と良く似た風貌。失明の理由が、姉との爆竹遊びのせいだったと判明。12歳で一度移植手術を受けているが拒否反応で失敗、姉が自責の念から移植を熱心に勧め、今回は成功。ポール医師との治療風景が、大幅に追加されている(原作でワがマンに惚れるのが唐突だった点を補足する意図と思われる)。
成績表(通信簿)を探す少年が、レインコートを着た姿に変更されている。
ヴァイオリンの練習風景が追加され、より音楽家としての面が強調されている。
書道教室で襲われるシーンが、カフェになり、
夢の内容が、よりリアルになり、部屋の変化にCGが多用され、現象が起こる時間が3時から1:06に変更されている。
主治医に相談するシーンで、説明が科学的になり、ポールの態度もドライになっている。
原作の村の火事シーンがフラッシュで頻繁に使われ、中盤では幻覚を通り越して、体感レベルで起こる。
車に轢かれるのが少年から女性に、黒衣の男が、かなり凶悪そうなモノ(シャーッ!て、する)に変更されている。
立ち寄った中国料理店が、店丸々火災で焼ける前の幻覚な上に又体感レベルになっている。
ポール(ワ・ロー)医師が、何か怒りっぽくて暴力的にすら感じる野郎になっている。
EVの霊が、ホバリングしてくるのは同じだが、顔の壊れ具合が200%ぐらいUPしている。
成績表を探す少年の霊が、明らかにシドニーを意識してから飛び降り、しかもしつこく追いかけてくる。
それに対するシドニーの反応が攻撃的かつ直情的で、恐怖に怯えるというよりも、目の前に出たら殴り殺されそうな勢いがある(死んでるけど)。
現実から目を叛けるシドニーに対するポールの対応が、とりあえず入院させる、というドライぶりである。
入院したので、アリシアが連れて逝かれるシーンに、どうにか繋がった。
原作ではインインからの手紙だったが、本作は交流が少ないのでアリシアの遺品で、自分の姿を知ることになる。
原作のマンとリンは、明らかに美しさが違うレベルで別人だったが、シドニーとアンナ(リン)は似過ぎな上に好みによってはアナの方が美人に見えるので困る。(私はアンナ派→)
霊視では無く、細胞記憶による症状で異変を説明しようとする。
本当にポールが糞野郎なので、シドニーがキレて嫌味を言うシーンがある。
EVのシーンで、霊の少年がフードをとると、頭が陥没しているシーンが追加。母親がシドニーの顔色を見て、息子のトミーがいるのね、という。
磨りガラス越しだが、シャワーでのサービスシーンがある。
自分に憑依している(アンナ)に対するシドニーの物言いが怖い。自分が教えてと言ったくせに、教えたら鏡ごと割られた。
苦しみから逃れるために動くシドニーに、ようやくポールが協力し、メキシコに行く展開になる。ドナーを教えてもらったら、急にポールを抱きしめるシーンになり、少し引いた。
ロスヤノス村を通過するシーンで、焼死体の霊が車に飛び掛かって来て、そこが幻覚で見た火事の現場と分る。火事の原因が魔女にあり、ドアが開かなくて誰も逃げられずに焼死した、という事になっている。
アブソロという謎の言葉は1分後に村名と判明し、スプレーの落書きで「BRUJA:魔女」とやたらと書いてある。
2人は、落書きだらけのバキハウスのような家で、アンナの母親と対面する。
いきなり「娘さんは、どんな最期だったんですか?」と聞くシドニーも凄いが、シドニーの目を見て「アンナの目だわ」と言う母親も凄い。
母親の話から、アンナは霊能力者で人の死が判る(これは同じ)と聞いた直後に心臓発作で母親が倒れる。
「アンナは毎晩同じことを繰り返す、あの子を救ってあげて」と言われる。
ポールは、母親を病院に搬送し、シドニーは一人でアンナの部屋へ入る。
血の涙を流しながら、アンナの見せた光景は、工場が火事になることを予知したアンナが母親を救いに行く。しかし、工場は爆発炎上し、母親は火傷で済んだものの、村人からは魔女と罵られリンチを受ける。
アンナの自殺を目撃し、しかも力づくで阻止し、シドニーが聞き出した言葉は『助けたかった』。
戻ってきたポールから、母親が死んだ、と聞かされる。
帰り道で渋滞に捉まるのは同じだが、原因はアメリカ側からの逃走車のせいで国境が封鎖されたから。
シドニーは無数の影を見るが、それは例の「シャーっ」とやる奴の大群。
危険を知らせに走るのは同じ。
だが、アンナが見せていた火事の光景が、工場のものではなく、これから起こる事だと車中の少女で理解する。そして、アンナの望みが、人々を助けることだ、とも。
バスの乗客を、テロだ、爆弾だ、と脅かして追い立てるシドニー。
その勢いで、渋滞中の車の人々も逃がすことに成功するが、少女の乗った車が残される。
窓ガラスを割り、少女も救出するが、ガソリンを積んだタンクローリーが爆発。 少女は庇ったが、シドニーは爆風で飛んできたガラスの破片を眼に受ける。
シドニーは失明したが、彼女の行動で大勢の命が救われ、アンナの望みも叶えることができた・・・。
盲目のヴァイオリニストとして、コンサートでソロを演奏するシドニー。
観客もポールも、皆がスタンディングオベーションを贈り、シドニーは満足げに微笑むのだった・・・・・・END
以上、原作との違いを表記しつつ、お送りしました。
特に大きな変更点としては
1.インインとの交流に割かれていた部分が、主に姉とのシーンに変更されている。
2.心霊現象が派手になっていて、黒衣の男が怪物のように描かれている。
3.主人公が霊能力者では無い。
4.そのため、主人公の行動原理が、霊から逃れるためだけになっている。
5.霊視だけで無く、実態として霊や現象に干渉する(させられる)。
6.アンナの自殺に対する母親の関わり方が違う。
7.予知で人が助かる。又、助けたのでアンナも満足する。
原作が霊能力者同士の相憐れむ点があったり、霊に対して一線を引いていたのに対して、今作ではアメリカ流の力押しゴーストになっており、どちらが正解かは首を捻るところ。
物語としては一本道で、蛇足なほど説明が多く、単なるゴースト映画になっているリメイク。
主人公は直情的で、医師が異常なほど否定的だったり、ラストをハッピーエンドにするなど、完全に違うタイプの作品になってしまっているのは間違い無い。
『アイ』が好きで、このリメイク「アイズ」を観たら、かなり不満が残ると言うか、噴飯ものだろう。
お国柄の違いと言うか、霊に対する感性の差と片付けるのが、一番精神的に楽な答えだと思う。
作品としては、リメイクという点を考慮しなければ、凡作であり並程度の出来。
リメイクだと思うと、原作の所々を抜き出してハリウッド流に味付けしただけの3流と言ってしまう。
最後に、やっぱりジェシカ・アルバは、演技の幅が狭すぎて、同じようなスタイルしか出来ないという事を再確認した。本作のようなジャンルには、決定的に向いていない。
原作が女優の魅力で評価が高くなったことを思えば、配役に失敗している本作が面白いわけがない。
意外とトム・クルーズが想定していたスタッフ・キャストで制作されていれば、全く違った面白い作品になったかもしれない。人間として問題はあっても、プロデューサーとしては優秀な方だから、トム。
*トムの想定・・・監督にリングシリーズの中田秀夫、主演にアカデミー助演女優賞のレネー・ゼルウィガー。実に手堅い組合せである。原作の持ち味を活かすなら、中田監督は最善の人選。女優の演技が作品の肝なのだから、レネーを使えば完璧になる。実現していれば・・・なぁ。
2002年の原作『THE EYE』から、実に6年後の2008年制作。
監督は、『THEM:正体不明』で一部の視聴者を脱力させたダヴィド・モロー。
主演のジェシカ・アルバは、『ダーク・エンジェル(TVD)』や『ファンタスティック・フォー』で肉体派というイメージが強く、演技力の無さに定評がある女優。
ライオンズ・ゲートの意味不明な布陣で制作されたリメイク・・・。
以下、変更や追加があった点を中心に実況レビューします。
物語は・・・
魔女と石を投げられる女が首吊り自殺をし、得たいの知れないモノに襲われるシーンからスタート。
『百聞は一見にしかず、というけど、私の場合は違う・・・5歳で光を失った・・・(略)』と、モノローグが入り、盲人のオーケストラで演奏する主人公シドニー・ウェルズと、常人より感覚が鋭いよ、という描写が続く。
マンションにドアマンが追加されている。
角膜湯術が行われ、アリシア(インイン)との出会い、隣のベッドの老婆もいる。
失明した理由が姉のヘレンになっており、それに伴うシーンが追加されている。
アリシアにもバンダナが装着され、インインのような痛々しさは和らげてある。
老婆が連れて行かれる下りは同じだが、老婆にセリフが追加されているため、主人公がスルー出来る範囲を超えているように感じる(でも、スルー)。
伏線の写真は、展開上ヘレンが撮影する。
姉のヘレンと帰宅したシドニーを、親族や友人がサプライズパーティーで、出迎えるシーンが追加。
夢の中で、キッチンのオーブンから炎が噴出し、飛び起きるシーンが追加。
ポール医師(ワ・ロー役)は原作と良く似た風貌。失明の理由が、姉との爆竹遊びのせいだったと判明。12歳で一度移植手術を受けているが拒否反応で失敗、姉が自責の念から移植を熱心に勧め、今回は成功。ポール医師との治療風景が、大幅に追加されている(原作でワがマンに惚れるのが唐突だった点を補足する意図と思われる)。
成績表(通信簿)を探す少年が、レインコートを着た姿に変更されている。
ヴァイオリンの練習風景が追加され、より音楽家としての面が強調されている。
書道教室で襲われるシーンが、カフェになり、
夢の内容が、よりリアルになり、部屋の変化にCGが多用され、現象が起こる時間が3時から1:06に変更されている。
主治医に相談するシーンで、説明が科学的になり、ポールの態度もドライになっている。
原作の村の火事シーンがフラッシュで頻繁に使われ、中盤では幻覚を通り越して、体感レベルで起こる。
車に轢かれるのが少年から女性に、黒衣の男が、かなり凶悪そうなモノ(シャーッ!て、する)に変更されている。
立ち寄った中国料理店が、店丸々火災で焼ける前の幻覚な上に又体感レベルになっている。
ポール(ワ・ロー)医師が、何か怒りっぽくて暴力的にすら感じる野郎になっている。
EVの霊が、ホバリングしてくるのは同じだが、顔の壊れ具合が200%ぐらいUPしている。
成績表を探す少年の霊が、明らかにシドニーを意識してから飛び降り、しかもしつこく追いかけてくる。
それに対するシドニーの反応が攻撃的かつ直情的で、恐怖に怯えるというよりも、目の前に出たら殴り殺されそうな勢いがある(死んでるけど)。
現実から目を叛けるシドニーに対するポールの対応が、とりあえず入院させる、というドライぶりである。
入院したので、アリシアが連れて逝かれるシーンに、どうにか繋がった。
原作ではインインからの手紙だったが、本作は交流が少ないのでアリシアの遺品で、自分の姿を知ることになる。
原作のマンとリンは、明らかに美しさが違うレベルで別人だったが、シドニーとアンナ(リン)は似過ぎな上に好みによってはアナの方が美人に見えるので困る。(私はアンナ派→)
霊視では無く、細胞記憶による症状で異変を説明しようとする。
本当にポールが糞野郎なので、シドニーがキレて嫌味を言うシーンがある。
EVのシーンで、霊の少年がフードをとると、頭が陥没しているシーンが追加。母親がシドニーの顔色を見て、息子のトミーがいるのね、という。
磨りガラス越しだが、シャワーでのサービスシーンがある。
自分に憑依している(アンナ)に対するシドニーの物言いが怖い。自分が教えてと言ったくせに、教えたら鏡ごと割られた。
苦しみから逃れるために動くシドニーに、ようやくポールが協力し、メキシコに行く展開になる。ドナーを教えてもらったら、急にポールを抱きしめるシーンになり、少し引いた。
ロスヤノス村を通過するシーンで、焼死体の霊が車に飛び掛かって来て、そこが幻覚で見た火事の現場と分る。火事の原因が魔女にあり、ドアが開かなくて誰も逃げられずに焼死した、という事になっている。
アブソロという謎の言葉は1分後に村名と判明し、スプレーの落書きで「BRUJA:魔女」とやたらと書いてある。
2人は、落書きだらけのバキハウスのような家で、アンナの母親と対面する。
いきなり「娘さんは、どんな最期だったんですか?」と聞くシドニーも凄いが、シドニーの目を見て「アンナの目だわ」と言う母親も凄い。
母親の話から、アンナは霊能力者で人の死が判る(これは同じ)と聞いた直後に心臓発作で母親が倒れる。
「アンナは毎晩同じことを繰り返す、あの子を救ってあげて」と言われる。
ポールは、母親を病院に搬送し、シドニーは一人でアンナの部屋へ入る。
血の涙を流しながら、アンナの見せた光景は、工場が火事になることを予知したアンナが母親を救いに行く。しかし、工場は爆発炎上し、母親は火傷で済んだものの、村人からは魔女と罵られリンチを受ける。
アンナの自殺を目撃し、しかも力づくで阻止し、シドニーが聞き出した言葉は『助けたかった』。
戻ってきたポールから、母親が死んだ、と聞かされる。
帰り道で渋滞に捉まるのは同じだが、原因はアメリカ側からの逃走車のせいで国境が封鎖されたから。
シドニーは無数の影を見るが、それは例の「シャーっ」とやる奴の大群。
危険を知らせに走るのは同じ。
だが、アンナが見せていた火事の光景が、工場のものではなく、これから起こる事だと車中の少女で理解する。そして、アンナの望みが、人々を助けることだ、とも。
バスの乗客を、テロだ、爆弾だ、と脅かして追い立てるシドニー。
その勢いで、渋滞中の車の人々も逃がすことに成功するが、少女の乗った車が残される。
窓ガラスを割り、少女も救出するが、ガソリンを積んだタンクローリーが爆発。 少女は庇ったが、シドニーは爆風で飛んできたガラスの破片を眼に受ける。
シドニーは失明したが、彼女の行動で大勢の命が救われ、アンナの望みも叶えることができた・・・。
盲目のヴァイオリニストとして、コンサートでソロを演奏するシドニー。
観客もポールも、皆がスタンディングオベーションを贈り、シドニーは満足げに微笑むのだった・・・・・・END
以上、原作との違いを表記しつつ、お送りしました。
特に大きな変更点としては
1.インインとの交流に割かれていた部分が、主に姉とのシーンに変更されている。
2.心霊現象が派手になっていて、黒衣の男が怪物のように描かれている。
3.主人公が霊能力者では無い。
4.そのため、主人公の行動原理が、霊から逃れるためだけになっている。
5.霊視だけで無く、実態として霊や現象に干渉する(させられる)。
6.アンナの自殺に対する母親の関わり方が違う。
7.予知で人が助かる。又、助けたのでアンナも満足する。
原作が霊能力者同士の相憐れむ点があったり、霊に対して一線を引いていたのに対して、今作ではアメリカ流の力押しゴーストになっており、どちらが正解かは首を捻るところ。
物語としては一本道で、蛇足なほど説明が多く、単なるゴースト映画になっているリメイク。
主人公は直情的で、医師が異常なほど否定的だったり、ラストをハッピーエンドにするなど、完全に違うタイプの作品になってしまっているのは間違い無い。
『アイ』が好きで、このリメイク「アイズ」を観たら、かなり不満が残ると言うか、噴飯ものだろう。
お国柄の違いと言うか、霊に対する感性の差と片付けるのが、一番精神的に楽な答えだと思う。
作品としては、リメイクという点を考慮しなければ、凡作であり並程度の出来。
リメイクだと思うと、原作の所々を抜き出してハリウッド流に味付けしただけの3流と言ってしまう。
最後に、やっぱりジェシカ・アルバは、演技の幅が狭すぎて、同じようなスタイルしか出来ないという事を再確認した。本作のようなジャンルには、決定的に向いていない。
原作が女優の魅力で評価が高くなったことを思えば、配役に失敗している本作が面白いわけがない。
意外とトム・クルーズが想定していたスタッフ・キャストで制作されていれば、全く違った面白い作品になったかもしれない。人間として問題はあっても、プロデューサーとしては優秀な方だから、トム。
*トムの想定・・・監督にリングシリーズの中田秀夫、主演にアカデミー助演女優賞のレネー・ゼルウィガー。実に手堅い組合せである。原作の持ち味を活かすなら、中田監督は最善の人選。女優の演技が作品の肝なのだから、レネーを使えば完璧になる。実現していれば・・・なぁ。
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